
先日、Instagramのフォロワーさんから、こんなメッセージをいただきました。
「レシピ本通りに作っているはずなのに、季節が変わると全然うまくいかなくなります。タイマー通りに発酵させても、ある時はダレてぺちゃんこになり、ある時はガチガチのまま。いつも生地の機嫌に振り回されて、ただ祈るようにオーブンに入れるだけの、運任せなスタイルになってしまって……。でも最近、時間を追うのではなく『温度帯』をしっかり見ることの大切さに気づかされました」
このメッセージを通じて、私は改めて「パン作りの本来の姿」について深く考えさせられました。
粉と水から生地を仕込み、時間をかけてパンを焼く。これは、古くから人々が紡いできたパン作りの原点です。
自然の中で、目に見えない生命である「酵母菌」を相手にするのですから、日々の環境によって生地の表情が違うのは当たり前。かつてのパン作りは、「不安定であることがデフォルト」でした。
思い通りにならない日々の変化に寄り添い、その日その日の生地の機嫌を伺いながら焼き上げる。そこには、とても大らかで、自然の揺らぎを受け入れたパン作りがあったはずです。
しかし、現代のパン作りはどうでしょうか。
工業用イーストが普及し、捏ね機や発酵器、高性能なオーブン、そしてエアコンや冷蔵庫など、パン作りにとってこれ以上ないほど便利な環境が整っています。いつでも同じようにふっくらと膨らむことが当たり前になりました。
いつしか私たちは、「姿形が美しく、味が一定であること」を絶対的な正義とするようになりました。
少しでも形が歪んだり、クープが思い通りに開かなかったりすると、狭い枠から外れた「失敗作」として白黒つけられてしまいます。素朴で無骨だったはずのパンは、まるで美しい芸術品のような姿を求められるようになりました。
私は時々、そんな現代のパン作りを、少しだけ窮屈で、可哀想だなと感じてしまうのです。
これほど便利な機材に囲まれ、思い通りにするための環境が用意されているのに、「なぜか満足のいくパンが焼けない」と悩む人が後を絶たないという逆転現象。立派な道具や便利な環境が揃っていれば、理想通りのパンが作れるわけではないのです。
道具が美味しいパンを約束してくれるわけではないとしたら、私たちには一体何が必要なのでしょうか?
まずは、違っていることにそんなにムキにならない大らかな心です。本来、パンはもっと自由で、生命力に溢れたものなのですから。 そして、その「自由なロマン」に振り回されず、心から楽しむためには、やはり酵母という生命を理解するための「道標」が必要です。それこそが、フォロワーさんが気づかれた「温度」と「時間」の関係なのです。
パン作りは、温度と時間を操作する世界です。
扱うパン種や作りたいパンの種類によって、適した温度帯は全く異なります。見えない酵母の働きを、温度という明確な数値でサポートしてあげること。複雑に絡み合った条件を解きほぐし、仕組みを理解することで、わけのわからないまま結果を待つだけのスタイルから抜け出すことができます。
パンの仕組みを知ることは、決してパン作りを機械的な作業にするものではありません。むしろ、自然の生命と上手にお付き合いをし、パン作りの奥深いロマンをさらに楽しむための知識の引き出しです。心強い味方になってくれるはずです。
「今日はどんな表情を見せてくれるだろう」
オーブンの中で膨らむ生地がさらに愛おしく感じられる。そんなパン作りの面白さを、これからも多くの方にお伝えしていけたら嬉しいです。
